| 2008/10/21(Tue) ずっと俺のターン | 煉夜 |
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お久しぶりです。
無双ばっかりしてた最低な奴が帰ってきましたよ。
他にも電凹の映画見に行ったり地元のイベント参加したりしてましたが、なんにせよサボり過ぎです。すみません。
最近『嶋左近が/来た夏』という本を買いました。
ネットのレビューでかなり酷い評価を付けられてたので逆に興味が湧いたという。
実は2ヶ月程探し回ってたんですが見付からなかったので取り寄せました。
内容はレビューの通りな感じでしたがうちが何より気になったのが参考文献。
2冊って少なくないだろうか。
しかも一冊はいつ出たのかわからないけど、もう一冊の方は発行が1989年って…。
20年前の情報じゃあ流石に古すぎないでしょうか。
歴史なんて本を書いた人の見解によって色々な差が出てくるし(例えばある戦いでの軍の撤退一つを取っても、敵の猛攻を支えきれなかったとするものもあるし、他の理由を挙げるものもある)、いくつか読み比べてみるべきだと思うんですよ。
特に嶋左近なんて史料が少ない分しっかり調べておかなければならないでしょうし。
もしかしたら作者の方は独自に嶋左近について調べて詳しく知っているのかもしれませんが、やっぱり本として出版する以上もう一度確認しておく必要があるのではないでしょうか。
「内府」に「ないふ」って読み仮名ふってありましたが、秀吉の手紙から「だいふ」という読みが正しいと判明してるらしいですし。
わかってるつもりでも確認って大事ですよね(←自分に言い聞かせるように)
それともう一つ気になってしょうがないことが。
左近が、主人公の女性を『淀殿のようだ』と言ったことから『自分と淀殿とお市の方とで、誰が一番美人か』と尋ねられて考え込むシーンがあったんですが、左近はどこで淀殿とお市の方に会ったんでしょうか?
主君である石田三成なら淀殿くらいは大阪城で会ってるかもしれませんが、お市の方に見えたとは思えません。
いくら秀吉の側近だったとしても賎ヶ岳合戦の時は城に篭ったまま自害してますし、小谷攻めで城外へ逃がされたお市の方達を助けたのは秀吉ですが、その時はまだ三成は秀吉に仕えてなかったと思われます。
左近に至っては、秀吉の奥方の中でも特に位の高かった淀殿に拝謁出来る身分ではなかったでしょうし(しかも大阪にいることの多い三成に代わり佐和山を統治していた)、筒井と浅井、柴田が親しかったなんていうのも聞いたことがないのでお市の方の顔を知っているとも思えないのです。
なればこそ、そこに矛盾しない程度の注釈を入れて面白くするのが作家の腕の見せ所でないでしょうか。
例えば、嶋左近が三方ヶ原の戦いに出ていたという逸話があるので、そこから『左近は若い頃に各国を渡り歩いて見聞を広めた』という設定をつくってみて、織田や浅井に仕えたことがあるとか小谷攻めに参戦していたとしてみるとか。
嶋左近の若い頃の事なんて殆ど分かっていないので、逆に言えばそうやって設定を作りやすいんじゃないでしょうか。
そうした上で左近の視点からの描写があればまた面白くなると思います。
なんか読み返してみるとえらく無茶苦茶言ってるような…(汗)
しかもたった見開き1ページに満たないようなシーンについてこれだけ突っ込まれちゃあたまらんわな…。
でもうちは気になってたからどこかで言いたかったんだ!!←
まあ、興味のあるオフ友の方は声かけてくださったら貸しますんでどうぞ。
買うのは…あまり…お勧めしないかな…?(苦笑)
いよいよ采配のゆくえ発売日が明後日に迫りましたね!←誰に言ってる
うちはバイト先の店長がフラゲできるって教えてくれたんで悩んでたんですが、やっぱり正々堂々と挑むことにしました(何に)
三成と左近と豊久と大谷さんがかなり好きすぎてやばいんですが、抑えきれぬ興奮を抱えてあと二日頑張ろうと思います。
そして采配買ったらまたしばらく更新しに来ないと思います(最低)
明日も更新することを願っておやすみなさいませ。
↓以下無双5Spネタバレ(と腐要素)含むどうでもいい語り
とりあえず馬趙と甘凌(違)の4人はクリアしたのでのんびりやってます。
なんで攻めは二人共国を飛び出してっちゃったんだ…。
しかも凌統がお見送り…。一体どんな気持ちで(ry
それでも未だに凌統伝EDがぁぁああ!と叫んでる奴ですがふと考えました。
例えば三國4の孫尚香伝ED、劉備の死を嘆き涙を流す尚香。
戦国2のお市の章、長政の死に泣きじゃくる市。
……なんか無双で泣くのって女の子ばっかじゃね?
って事は甘寧が死んで嘆く凌統はつまり(ry とか思ってウハウハしてたら弟に突っ込まれました。
「秀吉も孫市死んで泣いてるやん」
………………。
孫シティーーッ!!!!←ルー語変換。マジでこう叫んだ
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